花猫がゆく再訪6・人を食い殺すトラ

 人相学では顔の横幅が広い人は支配的な性格で自己主張が強いとされるけれど、これに関しては科学的にも理屈に合っているらしい。男性ホルモンのテストステロンの分泌が多いと顔の骨格が横に張り出すからだそうだ。

 キドハジャイモは満月のようなパーンと横に張り出した丸顔なので、性格的にもこれには当てはまっている。顔は谷啓をもっと太らせて丸顔にしてタレ目にした感じ。キドハジャとうちの母は双子のようにそっくりだけど、顔はキドハジャのほうがより横に張り出している。

 キドハジャの娘Mさんの話によると、キドハジャは昔から親戚たちから「○○洞のトラ」と呼ばれていたほど気性が激しかったそうだ(洞は日本では町にあたる)。息子が気に入らないことをすると息子の髪をひっつかんで引き回したとか。気が強いだけでなく頭もよく、夫の仕事もトラブルがあると自分が解決してやり、息子の就職も自分のつてでまとめた。

 韓国では干支を重要視するから(若いアイドルたちでも年齢と同時に干支を確かめ合ってること多し)、もしかしたらキドハジャも干支がトラだからトラと呼ばれたのかもしれない。今ちょっと調べてみると、私の干支と寅年は相性が悪く「ケンカが多く、決してわかり合えない」とあった。もしそうだとしたら、当たってる。でも親孝行のMさんは私と同じ干支で、私とMさんが共通点が多いと感じるのもそのせいもあるのかもしれず、またこの親子は仲はよくはあるが、私から見るとMさんが親の犠牲になっているように見える気もするのだった。

 親戚がキドハジャをトラと呼んだのは性格のせいだけではなく、非常に頭がよくてやり手だったこともあったらしい。特に計算や記憶力が異常によく、一度見たことを細部に渡り細かく記憶している。数字も含めてそれなので、親戚たちは昔から、何かあればこのトラに「あれはどうだったか」と確認を取ったりしたらしい。この記憶力の凄さは、私も直接話していて実感している。高齢なのに母と違って全く認知症もなく、若い頃のことを細部に渡って鮮明に記憶している。気持ち悪いくらいに。数十年前の記憶でも、すらすら出てくるのだ。「よく覚えてないけど」みたいなセリフは一切ない。一度見聞きしたことは全て記憶の引き出しに入っているようだ。その場で一緒に話を聞いていたトラの娘たちも「うちのオンマの記憶はすごいから」と言っていた。

 私は自分の母親に少し発達障害の傾向があるのではないかと疑ってきた。知能障害ほどではないが低めの知能、でもただ知能が低いだけとは言い切れない勘の良さ、細かい部分まで記憶していて少しでも環境が変わると気持ち悪いらしく指摘してくる。ゲームやパズルには異常なほど熱中する(デイサービスの人にも「パズルをしたら集中力がすごいです」「オセロや花札でエキサイトされてます」と何度も言われた。「認知症の方としては異常なほどに、と思います」と実際言われた)。そして、人には人の考えや立場があるということが理解できない。他人の視点が理解できない。人の気持ちというものが「わからない」のではなく全く「存在しない」(この部分は自己愛性人格障害と思われる娘に受け継がれている)。悪人というわけではなく、無邪気に自分だけ。アルプスの少女ハイジみたいな性格。

 そんな親に育てられる子供たちはたまったもんじゃない。悪人ではないが、まぎれもない「毒親」なのだ。

 発達障害には遺伝性がある。イモの記憶力の話を聞いて、こりゃやっぱりその傾向がある家系なんだなと思った。

 因みに、発達障害は「障害」とついているけれど、脳の偏りの問題なので、厳密に言えば程度の差はあれ誰でも発達障害なのだ。偏りが社会にうまく合う形で出れば特殊な才能のある人だし、不都合で本人や周囲が困るほどであれば障害になる。

 トラはその強さゆえか、まわりの運命を食っていっているように私には見えた。昔は「寅年の女は男を食い殺す」とも言ったらしい。トラの夫は若い頃に病気で亡くなっている。そして長男も随分前に事故で亡くなっている。当時長男には小さい子供が2人いて、下の子供はまだ赤ん坊だった。その後は嫁と孫2人とトラとの4人暮らしが続いた。前回訪問した時には、なんてかいがいしく姑の世話をするすごい嫁だろうと思っていた。敬虔なカトリック教徒だからなのかな、とも。宗教に理由を求めたくなるくらい、滅私的によく働いていた。その時は全くわからなかったが、嫁は姑のトラを実は激しく嫌っていたと今回Mさんから訊いた。「ええーっそんな風には見えなかった」と驚いたと同時に「やっぱりそうなのか、そりゃそうだよな~」とめっちゃ納得した。国が違っても宗教があっても、やっぱ同じ人間じゃんと。

 その嫁は、高齢の姑より先に重い病気になり、今は遠方にあるカトリックが運営する療養所にいる。こういう面では宗教は役立っている。その中で生きていれば利益があり安心できるコミュニティとして。Mさんがドイツに留学していた時も教会へ毎日通ったという。外国でもさぞ安心できただろうと思う。もし家族の誰かが死んでも教会に連絡さえすればいいと思えば安心だ。しかも良心的でぼったくりもない。宗教は、それでこそ意味がある、というかそれでしか意味がないんじゃないだろうか。

 しかし嫁はさぞ無念だったのではないだろうか。当然、トラの方が先に死ぬと思って辛い嫁生活を耐えてきたことと思う。その時がくれば家は自分と子供たちが暮らせるだろうし、トラから解放されて自由になり、悠々自適に暮らせる。という見込みだったと思う。はっきりそう考えてはいなかったとしても、年齢からして当然そういう予測をしてたはずだ。

 なのにトラは長生き。病気をしても復活。自分のほうが先にどうなるかわからない状態になったのだ。将来化けて出てもおかしくないかもしれない。Mさんは、嫁から姑への不満をたくさん聞いてきたという。でも自分は姑の娘だから、あまり嫁につくこともできない(それはわかる気がする。Mさんは自分は理解するよという態度でいるので悩んでいる人は理解を求めてつい話してしまうのだ。でも後から「えっ」と思うほど手のひらを返すことがある。私にもそうだった)。自分は間に入って板挟みだったけど、嫁のストレスはたいへんなものだった、本当にオンマを嫌っていた。物凄く嫌っていた。そのストレスで病気になって、かわいそうだ、とMさんは言っていた。

 私が訪問した時点で、Mさんは療養所にいる嫁と少し険悪になっていると言っていた。嫁に何か気に障ることを言ってしまったらしい。自分では気づかなかったが、嫁の娘Tから「Mさんはしばらく私を通してオンマと話して」と言われたのだそうだ。Tはきっと自分の母親の味方なのだろう。所詮Mさんが自分の母親の味方でしかないように。

 トラの娘の一人はごく早くに亡くなっている。そして娘の一人Mさんは生まれつき体が異常に弱く障害もある。

 聞けば聞くほど、周りの運を食っているように見える。別にトラでなくても、そういった人はいる。まま、異常に運の強い人の周りにはそういったことがあるものだ。