花猫がゆく再訪4・大邸のリベラル

 保守王国大邸の典型的市民である親戚たちの中にもリベラル(?)の人が一人だけいた。この人Mさんは大学の芸術関係の教授をしているので、そういう環境のせいもあるとは思うが、それよりも大きいと思えるのは、この人自身がマイノリティに近い立場だからだと思う。

 Mさんは生まれつき体が非常に弱く、子供の時の病気のため障害がある。また、高校生の時に別の病気(胃腸障害か何か)のために使った薬の副作用で、ちょっとここには書けないが今もかなりな症状が残っている。当時その薬を処方した医者によると、その薬はそれまで多くの人に出してきたが、そんな副作用は出たことがなかったし、医者も知らなかった。調べたところ、確かにその副作用は報告されていたが、一般的ではなかったらしい。弱いMさんの体質に合わなかったのだ。

 韓国人なのに辛いものを食べると下痢をするので食べられず、真夏でも体が芯から冷えるので冷房も使わず毛布や膝掛けは手放せないMさん。職場では管理職をさせられる立場。学生に教えるのは好きだが、教師たちは難しい人も多く、気を使いまくってストレスで糖尿になったという。芸術関係の先生たちは本当にわがままで自分勝手な人が多くて大変だと言っていた。ちなみに独身。

 私が見た限りでも、これでマイノリティの立場がわからなきゃおかしい、という感じの人なのだ。私がずっと前に初めてMさんに会った時の印象も、「できた人だ」そして「苦労人だ」だった。

 覚えてたらあとでまた書きたいと思うけど、私はMさんとは少し共通する部分があると感じた。私はMさんほどできた人ではなく、あそこまで病気による苦労はしていないので、そんな風に考えるのはおこがましい気もするが、それでも体質による苦労をすごくしてきたほうだ。小児喘息に重症アトピー、20代後半で脱ステロイドしたあともステロイドの後遺症はずっと続いて大変だった。今でも体質は過敏で、例えば一般のシャンプーは全て肌に炎症が出て一切使えない。もちろん化粧はできないし、一般的な化粧水も炎症が出るから使えない。スキンケアに使うのはホホバオイルなどの純粋オイルだけ。化学物質にも何かと過敏。繊細な気質も似ている気がする。他の親戚に比べて顔も少し似ている。精神的な部分ではずいぶん違うけど。

 親戚の家族の結束はものすごく固いので、Mさんはきっと家族にも守られ、一族の信仰するカトリックの信仰にも守られ、カトリックのコミュニティの中で生きて仕事もしてきた。迷うということはあまりなかった人生かもしれない。そのへんは私とは全く違う。でも紛うことなき弱者で大変な人生であったのは間違いないと思う(でも上記の理由から、いわゆる「生きづらい」人ではないということが今回よくわかった)。

 関係ないが、最初の晩はMさん宅に泊めてもらったので、その時いろいろな話をした。うちの家庭はものすごーーーく問題が多く、母親の介護の問題ではとてもつらい思いもしてきた。そんなこんなを吐露する話もして、非常に共感力のあるMさんはよく聞いてくれたし、Mさん自身の話もたくさん聞いた。それはよかったと思う。けど、それから一晩寝て、翌朝のMさんの最初の話がこれだった。

 「私は昨日よく考えたんだけど、TAMAは教会に行って神様を信じるべきだと思う」

 きたきた、きたよー、と思うと同時に、がっくりきた。なんだ、なんにも理解してねーじゃねーか。人の弱い部分を知ったら、布教。創価学会と変わらない。

 それから30分ほど、神を信じるのがどれほど素晴らしいか、えんえん布教が続いた。普通にミサに行くだけではなく、教義を深く学ぶための講座(みたいなのがあるらしい)に行くのを勧められたり。人や状況など外部のものは所詮思うようにはならない、自分と神様だけの関係が大事で安定するのだ、と説教されたり(これはその通りだと思った。ただMさんはカトリックで超家族主義的な韓国人なのに、この考えはずいぶん個人主義的で、どっちかというとプロテスタント的だな、とも思って少し不思議だった。いずれにしろ韓国のキリスト教は韓国の風習との習合がすごくすすんでいる)。まあ私はここは黙ってハイハイ言って聞いていた。宗教の人は仕方ないから。

 ところでMさんは、パク・クネシンパの女帝イモの長女で、バリバリ保守の一族にいながら、今回の大統領選挙でムン・ジェインに投票したのだそうだ。「オンマ(お母さん)とはその話はしないけど」とのことだが、前回の大統領選挙の時も、パク・クネには入れていないそうだ(てことはムン・ジェインに入れたってことだろう)。今回の選挙では、パク・クネの行状があまりにもひどいので、さすがの大邸でも保守の支持率は下がったが、前回の選挙でパク・クネに入れなかったというのは、大邸においては「逆賊」だといえる。何しろ9割以上がパク・クネに投票したという土地柄なのだから。

 Mさんはこんなことも言っていた。「朴正煕は本当に多くの人を殺した。私は朴正煕は殺人者だと思っている」

 大邸でそんなこと言っていいんかいな、と思いつつ、大邸って保守的なんですよね?と聞いてみた。

 「盆地で他の地域と隔絶してるから排他的になる。大邸の人は自分たちは特別だと思っている」

 「それは京都とそっくり。でも京都は古都であることを誇りにしててプライドが高いんですけど、大邸は古都でもないのに」

 「近くに慶州があるから同じ。プライドを持ってる。自分たちは特別と思って特権意識を持っているのは、ここが朴正煕の地盤だから。だから朴正煕の時代にはすごくいい目をみたし、その時に金持ちになった人が大勢いるから。朴クネはその娘だから、大邸では絶対的に支持してる人が多い。うちの親戚もみんなそう」

 大邸の朴クネ絶対支持層がどういう感じなのかは、すでに韓国についてすぐ、イモとYさんの会話を聞いて垣間見てしまった。

 「イモとYさんは朴クネが好きだって言ってましたよ」

 「そう、あの人たちは今回、自由韓国党に入れたから」

 ゲッ、と思った。自由韓国党の大統領候補はホン・ジュンピョという人で、日本の自民党の一番イヤな部分を濃縮したようなタイプだった。あれを支持するのかー、そりゃキツイな。まあでも、朴クネ支持者がこの人に投票するのはごく当然のことではあるのだ。そして大邸市民としてもごく当然な。

 「私はムン・ジェインが好きだけどね。私はムン・ジェインの顔が好きなのよ」とMさん。

 それで思い出したことがある。前回大邸に来た時に教会のミサに行って(つきあいで行かざるを得ない)、その時の神父さんがペ・ヨンジュンに似たイケメンだったのだ。信じがたいが肩近くまであるロン毛でもあった。

 それで、そのあと親戚たちが集まって談笑してる時に、「あの神父さんはハンサムだ、ペ・ヨンジュンに似ている」と言ってみたのだ。神父さんがハンサムだとか言ったら怒られるかな?と思ったけど、親戚たちは「確かにハンサムだ」「ヨン様に似てる」と口々に同意していた(韓国では「ヨンサマ」という言葉は定着している)。

 その時Mさんが、「ヨン様より神父様のほうがハンサムだ」と言ったのだ。「ヨン様より顔つきが繊細だ(英語でmore sensitiveと言っていた)」と。言われてみれば確かにその通りだった。より繊細な感じで、ペ・ヨンジュンよりも美形だといえた。さすが芸術をやってる人のセンスは的確だなあと、しょうむないことではあるが、私は妙に感心したのだった。ペ・ヨンジュンは韓国ではそれほど人気のある俳優ではなかったが、Mさんは「私は好きだ」と言っていた。ペ・ヨンジュンが敬虔なキリスト教信者だからかもしれない。

 ムン・ジェインの顔が好きだというのは冗談ではあるけれど、ある程度本当でもあるんだろうな、芸術家だしな、確かにムン・ジェインはイケメンだしな、なんて思ったりした。