遺伝子のシンクロ?

 今回Mさんと久し振りに会った時に、あれっと思ったことがある。もしかして、顔つきが少し私に似てる?と。西太后も私の顔を見て、Mと口元が似てる、と言っていた。前は似てるとは思わなかったのに、歳をとって顔の肉が落ちて、骨格がわかりやすくなったのかもしれない。Mさんにそのことを言うと、「そうかなあ、私はTAMAはお父さんに似てると思う」と言っていた。私は顔つきは父と母両方の悪い部分を引き継いでいるので、まあそう思われるのも仕方ないかなと思った(因みにGは母方の美人遺伝子を受け継いでいて、私とは全く共通点のない別系統の顔。妹が不美人だったことも、下手にGの自尊心を高めて妹を見下す要因のひとつになったのかもしれない)。まあ、私と似ていると言われたのが嫌だっただけかもしれないが。

 いろいろ話していると、Mさんとは顔だけではなく、いろんな部分が少しずつ似てる、と思うようになった。多分少しアスペルガーの傾向があること。何かと過敏な体質、内向性で悩みの多い性格、体の弱さ(もちろんMさんの方がずっと苦労してて大変そうなのだが)、音楽が好きなこと、世間知が少し欠けているところ、等など。食べ物に関しては特に敏感でかなり気を使っているのも同じだった。

 そのあとMさんの妹に会って、またあれっと思った。どうも誰かと似ている。丸顔の顔つき、表情、喋り方(話す内容も)、雰囲気、小太りな体型。以前会った時には思わなかったのだが、これも歳をとって地金が出てきたのか、Gに似ているのだった。ジャイアンのようにのしのしと歩く歩き方までそっくりで、向こうから歩いてくるのをふっと見た時、まるでGが歩いてくるのを見たようでゾッとした。体質も、この人はMさんとは違って随分頑強そうだ。そして単純で悩みが少なそう。Mさんが芸術の才能があるが世間知が少ないようなのに対して、芸術的センスはなさそうだが世間的常識にすごく長けているようで、チャキチャキと仕切っていた。Mさんは、妹の前では身動きもできないのよ、と笑っていた。繊細な部分がなく、外向的でグイグイ、グイグイ、とにかくグイグイくるタイプ。

 あくまで私が見た範囲でだけど、Mさんはストレスが多そうなタイプなのに、妹は少なそう(余計なことは考えないから)。Mさんは少し浮世離れしてるのに、妹は通俗的にしっかりしている。Mさんは独身で妹は家庭持ち。状況的にも、独り身で自由の効くMさんが最も親の介護を受け持っている。親の家まで1~2時間の距離を通っている。

 姉と妹が逆だけど、何だか下手な「写し」を見るようで気持ち悪い。ただし、あちらはきょうだいも一族も仲がよく、こっちは目茶苦茶。どういう下手なパラレルワールドなの。

 Mさんは子供の頃から体が弱く大きな病気もしていたので、西太后は妹たちに「オンニ(姉さん)は体が弱いのだから守ってやれ」とよく言っていたらしい。これは立派だと思う。

 うちの母ときたら、私が小児喘息や重症アトピーだったのを、「うちの家族でこんな病気は他に一人もいない。何でお前だけこうなのか」と言い続け、「お前がこんなんやから、夜中に病院連れて行ったりして、私はほんまに苦労したわ」「アトピーやから皿洗いもさせんかったのに」と、「自分が」大変だったことばかり言い続けた。一番大変だったのは私だったはずだが、私に対してねぎらってくれたことは一度もない。

 しかしね、そもそも私がアレルギー体質なのは高齢出産と帝王切開の影響が強いのではと思うのだけどね。妊娠中の不摂生もあるかもね(酒タバコカフェイン気にせずやってそう。私の上に死産が1人いるし)。それに皿洗いもさせんかったというのは大嘘で、洗わない洗わないと文句ばっかり言うから、洗ってたよ。パックリ割れまくった血だらけの手で、皿洗いしてたよ、ほんとに痛かったけど。痒がってたら「掻くな!掻くからそんななるんや!」と怒られ、「かわいそうやな」「大変やな」なんていう優しい言葉は1度も(本当に1度も)なく、世のアトピーっ子の親がやるような(刺激のない食事など)努力はもちろん一切ない。子供の頃の食事は毎食、イシイのレトルトのハンバーグ。中学高校の6年間、ただの一度も弁当を作ってもらったことがない。全くの専業主婦だったのにね。毎日菓子パンが昼食ってのもアレルギーにはよくなかったと思うね。本当に子育てが面倒臭かったんだよね。

 長い間、親が悪いと思ったことはなかった。毒親持ちの子供はただあきらめてることが多いと思う。あきらめたまま文句を言わず歪んだ人生を生きていくんだけど、年取ってから溢れ出すのよ。ちゃんと文句を言えてきた人は違う。怒るべきことをちゃんと怒ってきた人はそうならないだろうけど。うちの長男なんて父親の葬式の時に父親への恨みが溢れ出してたもんね。

 母と西太后が双子みたいというのも例えですまないところがある。よく、離れた場所で育った双子が数十年後に会ったら、職業や結婚相手の特徴などいろんなことが同じだった、という話があるけど、ここ最近に関してはぞれと似たところがある。同じ時期に部屋で転倒して大腿骨骨折、翌年あたりにまた転倒して手の指骨折、何度かの入院時期も同時期。違う場所に引き離された双子が、離れた場所でシンクロしているみたい。認知症になってから連絡とりあわなくなって久しいのに。歳も4歳違うのに。ただ顔や体型見たら、同じ遺伝子を分けあってることはひと目でわかる。やっぱ遺伝子なのか?気持ち悪い。

 ついでに、私は介護中ストレスのせいか突発性難聴になり、その後も何度も繰り返して後遺症にも悩んでいるのだけど、聞けばフランスの修道院にいるMさんの妹も同じだそうだ。

 目に見えない世界があって、何らかのやりとりがある、通信しあっている、というのは私はあると思う。遺伝子が引っ張っているのか、どっかで波長が合ってしまい、共鳴してシンクロしてしまっているのかわからないが、私は嫌だ。何かが通信しているのなら、ケーブルをブチブチっと切ってしまいたい。

帰化をすすめられた?

 Mさんの車で八公山をドライブし、木立の中でリンゴを食べながら、唐突にMさんがこんなことを言い出した。

 「TAMAは国籍を日本にしたらどうだ」

 は?いきなり何?と思ったのだが、保守の牙城大邸にあって大学勤めで自身も弱者である部分もありリベラルなMさんは、Mさんなりにいろいろ考えてきたことがあるらしい。私にこの話を必ずしなければ、と用意していたような感じだった。

 「TAMAはこれからも日本で暮らすのだし、韓国の国籍のままではいろいろ不都合もあるでしょう。国籍を変えた方が暮らしやすくなるんじゃない?もしそうしたいと思ったなら、こっちに遠慮することなく変えたらいいからね。ただ、オンマ(西太后)には内緒だけど」

 「イモには内緒?嫌がられるの?」
 「オンマはだめだと思う」
 「でも(西太后お気に入りの)Gは帰化してますよ。ずっと昔に家族全員で」
 「あ、それはオンマには言わない方がいい」

 何て勝手なんだろう、と呆れた。そして怒りを覚えた。一体、のうのうと韓国にいながら、日本で差別も受けつらい思いもしてきた我らに対して、西太后はどうして帰化するななどと思えるのだろう。自己中心的すぎる。

 私はひとつ後悔していることがある。ここでMさんに「言わない方がいい」と言われたので、私はMさんに遠慮して最後まで西太后にGが帰化してることを言わなかったのだ。言ってやればよかった。というか言うべきだった。お気に入りで立派だと思っているGがとうの昔に日本人だと知らせてやるべきだった。Mさんにしょうもない義理立てをしてしまったばかりに。

 ともかく、Mさんの「思い切って言った」感が逆に、ここでは帰化がそれだけタブーだったのか、と教えてくれるようだった。勝手なもんだ。だって、韓国にいる親戚に、私らがどうしようが関係ないじゃないの。何の権利があって?自分は何もしないのに。なぜ自分のナショナリズムをこっちに押し付ける?しかも売国奴朴槿恵支持の超保守主義者の考えることを。

 やっとられんわ。

 そういえば、私が現在の母の写真を向こうの親戚たちに見せた時、こういう反応があった。

 「日本人みたい。ずっと日本に住んでると日本人みたいになるのかな」

 もともと母は「朝鮮まるだし」のタイプだった。日本にいる母の姪の一人が(こいつも大概の性格だったが)、「あんたのお母さん、朝鮮まるだしやろ。だから一緒にいるの見られるの恥ずかしいねん。うちのお母さん(母の姉)は全然違ったのよ。すごぉく上品できれいだったの」 それをよく私に向かって言えるな、と思ったが、とにかくそういう感じの人だった。それが今や、韓国人から「日本人みたい」と言われるのだなあ、と感慨深かった。

生まれた順序による相性

 島田裕巳の宗教以外の本で、「相性が悪い!」という軽い新書がある。長子、末っ子、真ん中、一人っ子など同士の相性の話で、読んだ時はしょうもない駄本、と思って読み飛ばした。しかし、あとになってじわじわと、いろんな人を見るにつけ、「あれホンマやったなあ」と思い出すことが多くなった。

 うちの母は末っ子ではないが10人きょうだいの8番目なので、ほぼ末っ子の性格といっていい。西太后イモは10番目の末っ子。母は頭がよくなくカラッと明るいが(親戚の人が「明るいけどカラカラや」と形容していた)、西太后は頭が切れる。そういうバランスもあってか、2人は双子の末っ子みたいな感じだ。間に男の兄弟がいるが存在が薄く会ったこともなければ話も聞いたこともない。母はもちろん、気性の激しい西太后でさえ、実は「甘える側」なのだ。

 数年前に大邸に行った時、今は病気で療養中の嫁(姑西太后への憎しみで病気になった、とMさんは言っていた)と2人きりで少し話す機会があった。その時は嫁さんが姑の西太后を憎んでいるとは露知らずだったが、今思えば思い当たることがある。私が何も聞いてもいないのに、嫁さんはこう言ってたのだ。

 「オモニ(西太后)は末っ子。だから性格も末っ子らしい。どかっと座って、自分は何もせず、何でも誰かが持ってきてくれると思ってる。お姫様みたいに、誰かがみんな世話してくれて当然と思ってる」

 その時は嫁姑の仲が悪いとは露知らず、結束の固い仲の良い家族、よくできた嫁、とだけ思っていた私は、この言葉にちょっと違和感を感じながらも、特に反応もせず頷いただけだった。あんな気が強いイモが末っ子の性格?と不思議に思ったのもある。今思えばとても納得がいくのだけど。

 「そうですよね!イモほんとわがまま!うちの母もですよ!困るよね、ああいう人!」とでも言えばよかった。そしたらほんの少しでも嫁さんへの慰撫になったかもしれない。でもあの時は、そんな家族や目上の人に否定的なことは、この社会では少しでも言うことは許されないことだと強く思っていた。それが韓国社会のルールだから。抑圧の社会・韓国。

 「相性が悪い!」のでんでいくと、西太后のお気に入りが自己愛性人格障害のGであることも納得がいく。Gは上に兄がいるものの長女だからだ。母の介護を巡って業者に会う時、自分は責任逃ればかりで人から見えるところでだけいい格好するだけの卑劣漢なのに、業者の前ではいつも、まわりに響き渡る大声で「長女です!」と自己紹介する。自分が上、というのを常にアピールする。病院でもデイサービスの人にもケアマネにも老人ホームでも。自分が上でないと気がすまない。しかしひと目につかない地味な仕事、自分の得にならない仕事は、絶対にしないことは徹底している。

 今はよくわかるのだけど、これが「甘える側」の末っ子性格である西太后とは相性がよくて、だから西太后はGがお気に入りだったのだ。そして同じく末っ子性格である私は気に入らない。思えは私と似てると言っていた孫娘のTも末っ子。私は「自分がダメだからだ」と思ってたけれど(まあダメはダメなんだろうけどさ)そもそも最初から西太后とは相性が悪かったのだね。

 ついでに言えば、母もだが。母は昔はGを名前で呼んでいたのに、高齢になっていつの頃からか「姉ちゃん」と呼ぶようになった。この「姉ちゃん」のどことなく甘えた響きが気になってはいた。そういえば母は長男のことも(これは昔からだが)「兄ちゃん」と呼ぶ。頼りにしているのだ。末っ子性格で甘えて当然と思っているから、甘えているのだ。きっと大昔の大邸の山奥でも、上のきょうだいに「兄ちゃん」「姉ちゃん」と甘えていたのが、体の深いところに染み付いているのだろう。高齢になりそれがどんどんむき出しになっている。Gのほうは子供も大人になり、自分が下に見て支配できて世話してる気分になれる者が今は親になり、甘えて甘えさせて、ますます相性はよくなっている、ということか。今はいつでもギャラリーがいるし、親を大事にしてる娘を周りにアピールしまくれるし。

 今まで親のう○こをどれだけ洗っただろう。あの臭いをどれだけかいだか。24時間親の心配ばかりして気の休まる時もなかった。大雪の日も台風の日も体調の悪い日も、這ってでも親の家に通った。ボケた上にお姫様性格の母はもちろん1mgの感謝もしない。介護のしんどさ虚しさは経験した人にしかわからない。その中でGは人目につくところで自分をアピールするだけ。なのに偉そうにするだけでなく、私を目茶苦茶にバカにする発言(のちに「そんなん忘れたわぁ。私が何ゆうたんや。ゆうてみい」と抜かし(自己愛性人格障害なので、自分の都合の悪いことは脳内から消去し、記憶を捏造することができる)、私が言わないでいると「お前も忘れたんやないか(薄笑い)」。何か少しでも言おうものなら、「お前だけやと思ってるんか!!!」と今まで何度言われただろうか。介護するきょうだい間で憎しみが生まれるのはこういうところなのだろう。常に介護している嫁に、1ヶ月に1回しか見に来ない小姑が偉そうにする、とかよく聞く話だしね。

名前と改名の話

 母の10人きょうだいの内、女は6人いて、その内母を含めた5人の名前には全員、貞、姫、淑、順、小花といった従順そうな漢字が使われている。そしてただ一人、末っ子である西太后イモだけが、男のような強そうな漢字が使われている。烈という字と、もう1字も堅い印象の男に使うような漢字。韓国で「烈女」は「貞女」に近い意味だとはいえ、この人の場合はキョーレツとかモーレツって意味が強く出たように見える。だって他の姉妹は小花とか姫だからねえ。姫のつく母はある意味何も考えないお姫さまのような性格だし。まさしく名は体を表す。名前って本当に大事だ。

 西太后イモは娘たちの名前を改名している(今回Mさんに聞いて初めて知った)。長女であるMさんが高校生くらいの時だったそうだ。韓国は日本に比べると改名は容易で、改名している人は結構いる。

 その改名の理由というのが、「名前に“子“がついて日本風だから」というもので、まあ自分でつけておいて勝手なものだなと思う。もしかしたら娘たちの名前をつけたのは夫でその夫が早死してもういないから、だったのかもしれないが。

 とにかく3人の娘の名前を変えようと、着名所(姓名判断)に聞いた所が、真ん中の娘だけ変えるべきではないと言われ、2人だけ変えることになった。その改名しなかった娘はのちにシスターになり、今もフランスで修道女をしている。Mさんは「この子は神様に仕える運命だということがわかったからじゃないか」と言っていたが、どうだろう。本人の幸せに繋がったかどうかはわからないが、とりあえず母である西太后イモの理想通りに育ったのだけは確かだ。

 名前というものはよく「親からの最初のプレゼント」などと言われるが、それはいい親いい条件で生まれた人の話で、そうでない場合は「親からの呪いの言葉、呪文」にもなり得る。毒親のもとで育った人や虐待されて育った人は、大人になっても、自分の名前を呼ばれるのが嫌いな人が多いはずだ。名前を呼ばれるとびくっと緊張したり、不安になるからだ。そういう人は改名した方がいいと思う。

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西太后に似ていた

 この間テレビで西太后の特集を見ていたら、トライモと共通点が多いので驚いた。

 夫と息子は早死、嫁を死に追いやり(Mさんは嫁は姑を憎んでそのストレスで病気になった、と言っていた)、自分に楯突いたり意見をする人間は許さず、自分が権力を握っていないと気が済まない。保守的で古い価値観を死守し、改革は何が何でも否定する。確固たる価値観で大黒柱として家を守る。自分以外に強い女(嫁とか)が存在することは許さず、絶対的に抑圧する。そしていろんなことの報いを受けることもなく周囲の生気を吸って天寿をまっとう。

 最初にトライモを見た時から「女帝のようだ」という印象を持って密かに「女帝イモ」と呼んでいたけど、西太后似なんだから当然なのか。

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花猫がゆく再訪7・下品地獄と泥棒猫

 私だってその土地の習慣を尊重するつもりはもちろんある。だから韓国の慣習は尊重してきたつもりだ。個人的に韓国の慣習の中で一番わだかまりを覚えるのは、親や年上を無条件で尊敬せねばならず、初対面で「序列を決めるために」(実際に韓国語でこの言い方をする)年齢を言わなければならないとかいった、行き過ぎた(と私には思える)儒教の慣習だ。きょうだいでもないのにお姉さんとか呼ばなければいけないとか、年下なら可愛がらなければいけないとか、正直気持ち悪いが「その国の習慣だから」と私なりに合わしてきたつもりだ。

 でも、そういう儒教関係ではなくて、もっとしょうもないことだけど許容するのがしんどい韓国の慣習が、たとえばものを食べる時に口を開けてクチャクチャいうとか(これはどうしても、絶対に慣れることができない。韓国だけではないだろうけど)、あと「正座がよくない」っていうのもなかなか慣れないもののひとつだ。

 韓国では正座は罪人がするもので、フォーマルな座り方は「立て膝」または「あぐら」なのである。食事の時に立て膝で食べるって日本では行儀が悪いけれど、韓国ではえらい人の前でも立て膝かあぐらが正しい。でも私はついそれを忘れてかしこまる時に正座しちゃって、目上のおじさんに「ちゃんと座りなさい」ってあぐらに直されたりする。「ちゃんと座る」が立て膝かあぐらなのよね、女性でも。まあ、これは楽でいいけど。

 でも、我慢限界ってことはある。もう無理ーって思うこともあるんです。

 特に食事の時、周り全員がクチャクチャ、クチャクチャ。あれは習慣的にやると「クチャクチャ」ではなく、舌の音も加わって「チョッ、チョッ、チョッ」と聞こえるもので、周りがみんなあぐらかいて立膝でパンツ見えそうになったりしながら、チョッ、チョッ、チョッ。

 我慢、我慢、我慢、と思っていても、うわーーーっと叫んで逃げ出したくなる時もあった。我慢したけど。

 西面市場の屋台みたいなとこで、若くて芸能人みたいな美人の女の子2人が食事してたけど、ショートパンツはいてるのに椅子の上であぐらに立て膝で顔を突き出して麺食ってた。クチャクチャと。あんなにオシャレな女の子でも、ってちょっと不思議な感じがしたなあ。

 

 あと、下品とは違うけど、すごく個人的に私的にどうしても許せないと思うことがひとつあった。

 以前韓国でこんな事件があった。マンションの下で野良猫に餌をやっていた女性の頭上に、誰かがレンガを落として、その女性が亡くなった。

 そして旅行のすぐ前にこんな事件もあってニュースで報道していた。ビルのガラス清掃の人がスマホで聞いていた音楽が嫌だと、その建物の住人が屋上に上り、その清掃の人を吊るしているロープを切った。

 信じられないようなニュースだが、悪い人はどの国にもいるのでその話ではなく、親戚たちの間でそのニュースが話題になり、Yさんがこう言ったのだ。「ああいうのは精神分裂病の人がやったのだ。普通ならあり得ない」

 あとで調べたら猫のほうは犯人は男子小学生だったらしいが、旅行の時はそれは知らなかった。私は猫に餌をやる人を殺すのはありえへんと思うし、だいたい元々韓国では猫は嫌われている(最近だいぶ変わってきて猫好きはふえてはいるが、飼われているのはペルシャとかマンチカンとか高価な座敷猫が多い)。その上韓国では昔から犬は放し飼いで猫はつながれていることが多い。これだけでも自由を愛する猫に何てことするんだと怒りを覚えるし、韓国人は自分以外が自由なのは許せない人たちなんじゃないかとさえ思う。もちろん人間に対しても(韓国の自殺率はダントツの世界一です)。

 だから野良猫もすごく少ない。いてもこちらを認識した途端、脱兎のごとく逃げる。日本でも逃げるけど、比じゃない。どれだけ人を恐れているのか、どれだけ普段人間からひどい目にあっているか、推して知るべしなのだ。

 で、話が出たついでにYさんにこう聞いてみた。「韓国では野良猫(キルコヤギ:道の猫)は少ないでしょう」。そしたらYさんがいまいましそうな表情で、「いいや、泥棒猫はたくさんいる」と言ったのだ。

 ここで私はピキッとなった。

 泥棒猫?

 恐らくキルコヤギというのはメディアや猫好きの人が使う政治的に正しい言い方なんだろう。一般の人は普通に野良猫のことを「泥棒猫」と言うのかもしれない。しかしYさんのいまいましそうな顔に吐き捨てるような言い方。そうだ、韓国人だったんだ、猫嫌いなんだ、と気づいて、目の前にサーッと線が引かれるのが見えた。

 野良猫のことを普通に泥棒猫と言うのは、私的には許容できない。せめてドラ猫とか、もっと愛情の感じられる言葉にしてほしいわ。

 もちろん韓国人全員が猫嫌いというわけではない。テレビの長寿番組である「動物農場」(すごいタイトルだけどオーウェルとはまるで無関係の子供から大人まで楽しめる動物番組)にも猫の話はよく出てくるし、そういうのを見ると「愛されてるな」とも思う。昔に比べると猫の地位は本当に上がった(「日本の影響」と言ってた韓国人がいた)。猫カフェもたくさんある(座敷猫ばかりだろうけど。これは日本も同じか)。韓国人はだいぶ猫好きになってきている。そう思ってたからこそ、「泥棒猫」にピキッときてしまったんだな。

 Yさんはもしかすると、猫に餌をやっていた人に石を落とした人に対して、「気持ちはわかる」くらいに思っていたのかもしれないな、と思った。そう思うと、更にサーッと自分が引いていくのがわかった。

 因みにYさんも敬虔なカトリック信者。お金持ちのYさん。ムン・ジェインの不動産への増税に怒っていた、売国奴パク・クネ支持のYさん。夫は宝石商で息子は医者。医者といっても皮膚科だという。韓国で皮膚科というのは、ほぼ美容皮膚科で、Mさんも「しみとり」をしてもらったという。なんだ社会貢献よりお金儲かる科を選んだんだな、と思った。全体に、あまりキリスト教的なものをどこにも感じない。慈悲とか優しさとか奉仕とか…。

 京都に住んでいた時、野良猫をかわいがってたお宅の人に声をかけたら、その人は「猫はええわ。人間はえげつない」と独り事のように言ってはった。今でもしょっちゅうこの言葉を思い出す。私も心からそう思ってるのかもしれない。

花猫がゆく再訪6・人を食い殺すトラ

 人相学では顔の横幅が広い人は支配的な性格で自己主張が強いとされるけれど、これに関しては科学的にも理屈に合っているらしい。男性ホルモンのテストステロンの分泌が多いと顔の骨格が横に張り出すからだそうだ。

 キドハジャイモは満月のようなパーンと横に張り出した丸顔なので、性格的にもこれには当てはまっている。顔は谷啓をもっと太らせて丸顔にしてタレ目にした感じ。キドハジャとうちの母は双子のようにそっくりだけど、顔はキドハジャのほうがより横に張り出している。

 キドハジャの娘Mさんの話によると、キドハジャは昔から親戚たちから「○○洞のトラ」と呼ばれていたほど気性が激しかったそうだ(洞は日本では町にあたる)。息子が気に入らないことをすると息子の髪をひっつかんで引き回したとか。気が強いだけでなく頭もよく、夫の仕事もトラブルがあると自分が解決してやり、息子の就職も自分のつてでまとめた。

 韓国では干支を重要視するから(若いアイドルたちでも年齢と同時に干支を確かめ合ってること多し)、もしかしたらキドハジャも干支がトラだからトラと呼ばれたのかもしれない。今ちょっと調べてみると、私の干支と寅年は相性が悪く「ケンカが多く、決してわかり合えない」とあった。もしそうだとしたら、当たってる。でも親孝行のMさんは私と同じ干支で、私とMさんが共通点が多いと感じるのもそのせいもあるのかもしれず、またこの親子は仲はよくはあるが、私から見るとMさんが親の犠牲になっているように見える気もするのだった。

 親戚がキドハジャをトラと呼んだのは性格のせいだけではなく、非常に頭がよくてやり手だったこともあったらしい。特に計算や記憶力が異常によく、一度見たことを細部に渡り細かく記憶している。数字も含めてそれなので、親戚たちは昔から、何かあればこのトラに「あれはどうだったか」と確認を取ったりしたらしい。この記憶力の凄さは、私も直接話していて実感している。高齢なのに母と違って全く認知症もなく、若い頃のことを細部に渡って鮮明に記憶している。気持ち悪いくらいに。数十年前の記憶でも、すらすら出てくるのだ。「よく覚えてないけど」みたいなセリフは一切ない。一度見聞きしたことは全て記憶の引き出しに入っているようだ。その場で一緒に話を聞いていたトラの娘たちも「うちのオンマの記憶はすごいから」と言っていた。

 私は自分の母親に少し発達障害の傾向があるのではないかと疑ってきた。知能障害ほどではないが低めの知能、でもただ知能が低いだけとは言い切れない勘の良さ、細かい部分まで記憶していて少しでも環境が変わると気持ち悪いらしく指摘してくる。ゲームやパズルには異常なほど熱中する(デイサービスの人にも「パズルをしたら集中力がすごいです」「オセロや花札でエキサイトされてます」と何度も言われた。「認知症の方としては異常なほどに、と思います」と実際言われた)。そして、人には人の考えや立場があるということが理解できない。他人の視点が理解できない。人の気持ちというものが「わからない」のではなく全く「存在しない」(この部分は自己愛性人格障害と思われる娘に受け継がれている)。悪人というわけではなく、無邪気に自分だけ。アルプスの少女ハイジみたいな性格。

 そんな親に育てられる子供たちはたまったもんじゃない。悪人ではないが、まぎれもない「毒親」なのだ。

 発達障害には遺伝性がある。イモの記憶力の話を聞いて、こりゃやっぱりその傾向がある家系なんだなと思った。

 因みに、発達障害は「障害」とついているけれど、脳の偏りの問題なので、厳密に言えば程度の差はあれ誰でも発達障害なのだ。偏りが社会にうまく合う形で出れば特殊な才能のある人だし、不都合で本人や周囲が困るほどであれば障害になる。

 トラはその強さゆえか、まわりの運命を食っていっているように私には見えた。昔は「寅年の女は男を食い殺す」とも言ったらしい。トラの夫は若い頃に病気で亡くなっている。そして長男も随分前に事故で亡くなっている。当時長男には小さい子供が2人いて、下の子供はまだ赤ん坊だった。その後は嫁と孫2人とトラとの4人暮らしが続いた。前回訪問した時には、なんてかいがいしく姑の世話をするすごい嫁だろうと思っていた。敬虔なカトリック教徒だからなのかな、とも。宗教に理由を求めたくなるくらい、滅私的によく働いていた。その時は全くわからなかったが、嫁は姑のトラを実は激しく嫌っていたと今回Mさんから訊いた。「ええーっそんな風には見えなかった」と驚いたと同時に「やっぱりそうなのか、そりゃそうだよな~」とめっちゃ納得した。国が違っても宗教があっても、やっぱ同じ人間じゃんと。

 その嫁は、高齢の姑より先に重い病気になり、今は遠方にあるカトリックが運営する療養所にいる。こういう面では宗教は役立っている。その中で生きていれば利益があり安心できるコミュニティとして。Mさんがドイツに留学していた時も教会へ毎日通ったという。外国でもさぞ安心できただろうと思う。もし家族の誰かが死んでも教会に連絡さえすればいいと思えば安心だ。しかも良心的でぼったくりもない。宗教は、それでこそ意味がある、というかそれでしか意味がないんじゃないだろうか。

 しかし嫁はさぞ無念だったのではないだろうか。当然、トラの方が先に死ぬと思って辛い嫁生活を耐えてきたことと思う。その時がくれば家は自分と子供たちが暮らせるだろうし、トラから解放されて自由になり、悠々自適に暮らせる。という見込みだったと思う。はっきりそう考えてはいなかったとしても、年齢からして当然そういう予測をしてたはずだ。

 なのにトラは長生き。病気をしても復活。自分のほうが先にどうなるかわからない状態になったのだ。将来化けて出てもおかしくないかもしれない。Mさんは、嫁から姑への不満をたくさん聞いてきたという。でも自分は姑の娘だから、あまり嫁につくこともできない(それはわかる気がする。Mさんは自分は理解するよという態度でいるので悩んでいる人は理解を求めてつい話してしまうのだ。でも後から「えっ」と思うほど手のひらを返すことがある。私にもそうだった)。自分は間に入って板挟みだったけど、嫁のストレスはたいへんなものだった、本当にオンマを嫌っていた。物凄く嫌っていた。そのストレスで病気になって、かわいそうだ、とMさんは言っていた。

 私が訪問した時点で、Mさんは療養所にいる嫁と少し険悪になっていると言っていた。嫁に何か気に障ることを言ってしまったらしい。自分では気づかなかったが、嫁の娘Tから「Mさんはしばらく私を通してオンマと話して」と言われたのだそうだ。Tはきっと自分の母親の味方なのだろう。所詮Mさんが自分の母親の味方でしかないように。

 トラの娘の一人はごく早くに亡くなっている。そして娘の一人Mさんは生まれつき体が異常に弱く障害もある。

 聞けば聞くほど、周りの運を食っているように見える。別にトラでなくても、そういった人はいる。まま、異常に運の強い人の周りにはそういったことがあるものだ。